問 律法違反の罪は、みな同じ重さですか。
答 ある罪は、それ自体で、またいくつかの加重によって、他の罪よりも神の目には重罪です。
解説
人間は信仰者と言えど、思いと言葉と行いにおいて、神様の戒めを破る罪人です。
問83では、私達が犯す罪の重さに違いがある事を教えています。罪の重さの違いは
二つの点から出てきます。
@ 罪自体の違い: 十戒は盗みや殺人やむさぼりを禁じていました。それらは、みな罪ですが、
むさぼり(隣人のものを欲しがる)よりも、盗みの方が重い罪です。当然、殺人はより重い罪です。
A 加重の有無: 罪を犯す事情や状況によって、同じ種類の罪でも重さに相違があります。
たとえば、貧困の中でつい止むを得ずパンを盗んだ人と、金持ちが貧しい人からパンを強奪する
こととは、同じような罪でも重さに違いが出ます。また大人が、他人に対して非難・中傷することと、
子供がなす悪口とでは違いがあるのは当然です。ですから、この世の生活の中で、私達は次の
ことを注意しなければなりません。
仮に一つの罪を犯してしまったら、直に悔いあらためて重い罪に進まないように身を律する。
また、自分では気の付かない点を忠告してくれる友を持ち、独りよがりな人生を歩まないようにし、
また素直にそれに耳を傾けるようにする。こうして、信仰生活を送るようにしなければなりません。
教会では、重大な罪を犯した人に教育的懲罰を与えます。これは、決して罰を与える事が目的で
はなく、いつも悔い改めに導くものであります。そして、教会の純潔とイエスキリストの名誉を守る
ものであります。
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2008年度 教会目標・標語
〜主に愛され、地域に愛される教会としての独立を目指して〜
■■最新トピックス■■ |
2008年05月01日
ウェストミンスター小教理問答 問83
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| ●学び
2008年04月22日
略年史
2002年 1月27日 銚子・波崎伝道所開設検討委員会設置 2004年 7月〜8月 小林義信教師候補者による銚子夏期集中伝道 於: 長塚町集会所 2004年 9月19日 銚子・波崎伝道所開設推進委員会設置 2005年 3月13日 銚子伝道所建設予定地取得売買予約契約締結 2005年 7月〜8月 小林義信教師候補者による銚子夏期集中伝道 2005年 9月以降 長塚町集会所で夏期集会に続き、毎主日礼拝 開始 2006年 4月29日 銚子栄光伝道所会堂建設起工式 8月着工 2006年12月 1日 芦崎町932−1に転居し礼拝継続 2006年12月17日 小林義信教師、協力牧師就職式 2007年 3月21日 銚子栄光伝道所会堂献堂式 2007年 4月 1日 萌保育園設立式 2007年 4月15日 東関東中会2007年度第一回定期会にて湖北台 教会所属銚子栄光伝道所開設届提出 |
posted by 銚子栄光教会 at 21:04
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| ●教会案内
ウェストミンスター小教理問答 問82
問 神の戒めを完全に守れる人が、いますか。
答 ただの人は、堕落以来、この世では誰も神の戒めを完全には守れず、
日ごとに思いと言葉と行いにおいて破っています。
解説
神に対する人の義務の第一は、道徳律法を守る事でした。それは十戒のうちに要約されて
いました。(問42〜81) 問82〜84までは道徳的義務とは別の義務、つまり信仰生活の
必要と重要性について教えています。本来、人は神から与えられた道徳律法を完全に守る
事が出来ればよいのですが、出来ないので罪の赦しを神から受ける為に、信仰生活を持って
悔い改めをしなければなりません。信仰をしているといっても、この世の生活の中では、私達は
思いと、言葉と、行いによって神様の戒めに背いている事がたくさん起こってきます。
心の中では、いつも隣人に対して羨んだり、軽蔑したり、怒ったり、むさぼりの心を持ったり、
どうみても隣人を愛しているとは言い難いものであります。また手厳しい、批判や悪口、嘘等
を言葉に出してしまいます。そして、神を愛し、人を愛する行いから離れていくのであります。
神は、私達に自分の罪を知り、悔い改め、人生の目的を神の方へ転向するように求めて居られ
ます。そしてイエスキリストのあがないによって救われた民が、喜んで神の民になれるように
待って居られるのです。
答 ただの人は、堕落以来、この世では誰も神の戒めを完全には守れず、
日ごとに思いと言葉と行いにおいて破っています。
解説
神に対する人の義務の第一は、道徳律法を守る事でした。それは十戒のうちに要約されて
いました。(問42〜81) 問82〜84までは道徳的義務とは別の義務、つまり信仰生活の
必要と重要性について教えています。本来、人は神から与えられた道徳律法を完全に守る
事が出来ればよいのですが、出来ないので罪の赦しを神から受ける為に、信仰生活を持って
悔い改めをしなければなりません。信仰をしているといっても、この世の生活の中では、私達は
思いと、言葉と、行いによって神様の戒めに背いている事がたくさん起こってきます。
心の中では、いつも隣人に対して羨んだり、軽蔑したり、怒ったり、むさぼりの心を持ったり、
どうみても隣人を愛しているとは言い難いものであります。また手厳しい、批判や悪口、嘘等
を言葉に出してしまいます。そして、神を愛し、人を愛する行いから離れていくのであります。
神は、私達に自分の罪を知り、悔い改め、人生の目的を神の方へ転向するように求めて居られ
ます。そしてイエスキリストのあがないによって救われた民が、喜んで神の民になれるように
待って居られるのです。
posted by 銚子栄光教会 at 05:53
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